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09/07/2005

17歳の風景

17歳の少年が母親を殺し自転車で岡山から逃走、16日後に秋田で逮捕されたという実際にあった事件が元になったドキュメンタリー風ロードムービーを観た。

まず観る誰もが考えるのは自分の17歳なのではないか? 死に場所を探していたのかと考えたりしたが、なんでそんなことしたんだろうかとはあまり考えなかった。 本人以外誰にもわかるわけはないのだ。 事情はわからないが、母からの解放感があったのか? ただ殺したという現実から逃れたのか? 何も考えていなかった、何も考えたくなかった、頭を空白にし続けた、走って走って忘れ去りたかった。 何も考えない状態のまま走り続けていたのではないだろうかと思った。 16日間で岡山から秋田まで1600キロを走るのは相当なエネルギーなのだそうだ。

少年の空白な心にはすべての人の心をあてはめることができる。 若松監督はそこに自分の心の一部を投影させたのではないか? ドラマとすれば考えられないような老人(評論家の針生一郎)の長い独白があり戦争体験や天皇制にも触れる。 16歳で日本に来たという老婆が祖国を想いアリランを歌う。

私にとっては少年との日本海の旅であった。 もし私が彼の友だちだったらずっと寄り添うだけで彼が話始めるまで何も聞かないだろう。 ずっとずっと続く海岸線、なんの台詞もなく荒い波の音の中をただただひた走る。 ドーンと疲労感のようなリラックスが訪れる。 見覚えのある海岸線を通っていた。 新潟の大好きな「笹川流れ」だ。 暗い厳しい荒海だ。 あの海を見て少年は何を感じただろうか? 取り返しのつかない後戻りできない旅なのだ。

                                  

携帯から

*『永遠のハバナ』のラストシーンのキューバの海の音も忘れられないが、この映画の日本海もドーンと通奏低音のように私の心の底に響いている。

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