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September 2005

09/30/2005

トンボの気持ち

昼休みに日比谷公園へ散歩とランチ。 サンドイッチを仕入れて猫がいそうな売店近くのベンチへ早歩き。
いたいた! うちのYanYanにそっくりな黒猫がお弁当食べてるカップルに張り付いている。 しかし逃げられる距離は保っている。  私が袋をガサガサやると耳がピクピク。
今が一番気持ちのよい気候かもしれない。  昼休みが楽しみだ。
猫がハムや玉子サンド食べてる間にベンチでトンボと会話。 赤トンボかと聞いた。 メスだと思う。

携帯から050930_1346.jpg *私の手に誘ったら乗りました。   

黒猫はこちら→左上の「セラピネコYanYan」を見て!

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09/25/2005

朝の花 七尾藍佳

めずらしくラジオにお気に入りのパーソナリティができた。

東京FMの「6Sence」の七尾藍佳。 ほぼ毎朝、出かける準備をしながら聞いているうちにファンになった。 声を聞いていると30代かなぁ? ずいぶんしっかりした自分の意見を言うなぁ。 頭いいなぁ。 英語でインタビューしているから帰国子女なんだな。 スペイン語でもインタビューしていたので外交官か商社マンの令嬢かな? なんて思いながら何ヶ月か聞いてるうちにNHK(ラジオでTVの1チャンネル)に回さなくなってしまった。

音楽にもなかなか詳しいようだ。 時々過激とも取られそうな発言がありこの男社会な日本で我ら女性の代弁者のようであり頼もしい。 アンタが何も知らないんだよかもしれないんだが、少なくとも私が不得意な政治・経済・たぶん法律にも詳しいだろう知性的で大人な女性なのだ。 精神的にバランスが取れているのは生まれつきか? 外からも日本を見つめた経験からくる落着きか?

バイトが暇だったのでちょいと検索してみたら、blogがあった。 同じ映画を観に行ってたりしてた。 なんと! 30才前なんだって!! しかも今流行のサルサ好きな、小さい写真ではサーファーみたいに小麦色した東大出のお嬢さんなのだった。 今の若者には意識が進化している人がたまにいる。 近年では稀なスーパーハンサムウーマンだと思う。 TVに引っ張り出されるだろうな、きっと。

言いたいこと・書きたいことを奪われないで頑張って欲しいな。

                             

携帯から

* スーパーぶりがもっとすごかった。 フランス語もできるし、東大は大学院も出ているのだった。 声聞いてるとクールなんだが、かわいくかっこいいのだった。 

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09/23/2005

Shoomyも歩けば大道芸に当たる

世の中、3連休。 今日が秋分の日だってこと忘れていた。

涼しくなり過ごしやすくなってきたけれど、こないだ日曜は湿気があり私の不快指数は上昇。 休みで家にいると寝たきりになるので、ヨイショと(情けない)起き上がり猫にエサをやりトイレの世話をし、洗濯をすませてから映画を観ようかと新宿に出た。 

だいたいのミニシアターは整理券の発券があり時間を有効に使える。 ずっと並ぶのは辛い。
西武新宿駅から高島屋スクェアまで歩く途中にチケットショップをのぞいた。 通りかかった時に観たいものがあると特別観賞券を買っておくことにしている。 後で観るときにプレゼントにもらったみたいな気分になれる。
マリオ・ウ゛ァン・ピープルズの「バッドアス!」を買った。(ブラックムービー誕生の瞬間、音楽も期待大)

チケットショップから目的地を目指していたら人だかりがしていて聞いたことある声が聞こえて来た。 TVで見たことある顔がそこにあった。 どんなだろうか、一度観てみたいなと思っていたピーター・フランクルの大道芸に出くわした。 たぶんお弟子さんと二人小さな四角の箱や棒、リンゴやナイフも使って奮闘中だった。ピーター・フランクルの演技はすごい−って超のつく技ではないけれど大道芸のベテランに見えた。 世界を旅するためのコミュニケーションの手段だろう。 しゃべりも近頃のお笑い風ではなくおっとり面白い。 横にした鞄の上に「頭のよくなる本」や「頭のよくなるゲーム」が並べられていた。 

この人はこの観客とのやり取りが好きなんだろうなぁと感じた。 箱を立てて「函館」寝かせて「箱根」と駄洒落。 今さらだが駄洒落って韻を踏むみたいなもんだなと気付いたりした。 使うセンス次第だなと思った。
お弟子さんらしき彼より若い男性は受け答えしながら難しい技に挑戦。 一瞬目に力が入り真剣になるが顔はスマイルマークのよう。 厳しい訓練と努力があるんだろうなぁ。 こっちはナイフが飛んできやしないかとハラハラするのだった。
あのゲーム、本屋で気になっていたのて欲しいなぁと思った。 頭よくなりたいのかな? 

コスチュームがどうしても女の子用のコットンのネグリジェをアレンジした物のように見えてしまった。 大人の物はなく、乙女チックな小花の模様の黄色いネグリジェ。 もっと観たいなと思ったところで(うまいなぁ)帽子を差しだすと観客は蜘蛛の子を散らすように消えてしまう。 楽しませてもらったんだからちゃんとお札かコイン入れなさいよ〜。 私は乗せられつい千円入れてしまった。 お札を入れた人にはピーター・フランクル・キーホルダーをくれた。 

この連休も街には大道芸の人達が出るんだろうなぁ。

                                                                           

携帯から

*友人に『ケッチ!』という名のパントマイマーがいて『ガーバルチョバ』という2人組でマジックとパントマイムをミックスしたグループやってます。 どこかにケッチ!も現れるかな

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09/21/2005

映画 「亀も空を飛ぶ」

バイトがすんなり終わり岩波ホールへすっ飛んで上映に間に合った。 有楽町は神保町にも近いのでありがたい。 放課後のクラブ活動感覚で名画に出会うことができる。

イラン・イラク戦争、湾岸戦争で荒廃したクルド人の土地(土地と言えるんだろうか?)が舞台。 サダム・フセインの像が倒されるまでの村での寓話的出来事。 地元の少年少女が出演しているのでドキュメンタリータッチで描かれている。
救いようのない暗い悲しみと生き生きとした明るく楽しいエネルギーとが入り交じった映画だ。 

少女アグリンの運命の海の底に沈み浮かび上がれないような瞳と脇役の泣き虫少年シルクーのこぼれるような満面の笑顔が印象的だった。 少年サテライトは大人と対等に生きる子供たちのリーダーだ。 地雷を集めて国連事務所に売りさばく男に売ったり村にパラボラアンテナを建ててニュースを見れるようにしたり大人顔負けの世話焼き。 サバイバル能力というのかな? 生きるための勘かもしれない。 観ていて野良猫のボスを連想した。 どんな状況の中でもそれを当たり前のように受け入れて生きている。 

両腕をなくした少年、片足をなくした少年、盲目の幼児、胸が張り裂けそうになったりもするが、なぜか悲惨ではない。 映画に出演し演技をやってのけることからして彼らの強さを感じる。 演じるということがすでにユーモアだ。 どんな極限状態であれ積極的に生きる術を教えてくれる。 戦争で多くの子供たちが孤児になっているという事実も…。
涙するより拍手したい映画だ。

両腕のない少年ヘンゴウは義手を手に入るそうだし、盲目だった幼児リガーは映画初上映の3、4日前に手術で目が見えるようになったそうだ。 心からうれしいニュースだ。

                                                                                             

携帯から

* 映画のタイトルにそのままの意味はないそうだ。 一応亀も出てくるけれど空は飛ばない。 少女が幼児を背負って歩いている姿からひらめいたそうではあるが・・・。 このBlogにつけているサブタイトルと語呂が似ていたことでいい映画を観ることができた。 雲に浮かんだ気分。

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09/19/2005

映画 「シンデレラマン」

まず実話なんだということに驚かされる。

恐慌時代のアメリカのみならず現代でも人に夢を与える力があります。
回りはすすり泣く人、おいおい泣く人・・・ もちろん私も泣きました。

男が女・家族を守る。 女が男を支えるってことのお手本みたいな映画だけど・・・ちっともくさくない。

やはり監督の描き方がすばらしいんじゃないか?

信じることの力を教えてくれます。

                       

とりあえず携帯から

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09/10/2005

曼珠沙華

西武新宿線の中吊り広告に高麗駅に日本一の曼珠沙華の里があるという。

巾着田(きんちゃくだ)という地名。 100万本の朱い花が大地を埋めつくすらしい。 心に焼き付いている好きな花だ。 名前の響き(まんじゅしゃげ)も字も好きなのだ。 だから興味はあるが群生はそんなに観たいとは思わない。 ラベンダーならば観に行きたいと思うが・・・。
子供の頃に預けられ育った母の実家の庭や近辺にも曼珠沙華が毎年咲いていた。 大好きなお羽黒とんぼ(お歯黒だとも聞いたが・・・)が飛んで来て朱い花に停まる。 (この場合の字は止まるかもしれないが、あえて花を駅に見立てよう) 

その赤と黒の色のコントラストが絶妙で見とれていたものだ。 私にとっては曼珠沙華は4〜5本がベター。 裏庭の茱(ぐみ)の木の下辺りに咲いていた。 玄関近くだったかなぁ? 幸運にも畑も含めるとかなり広い庭のある家で育った。 ちょっとした林や森のように四季折々の木々・植物に囲まれていた。 裏の畑は祖母が謡曲を教えながら余暇に耕していた。
お羽黒とんぼの羽の色は黒人ミュージシャンやダンサーの衣装にピッタリだ。 布のことは詳しくはわからないが、あの光沢感は黒い透けたオーガンジーで深緑色に光る織の布の感じ。玉虫色とはまた違う色合い。
自然とはなんてセンスがいいんだろうか!

曼珠沙華の花の色は死者の血を吸った色だと聞いた記憶もある。 彼岸花とも言う。

                             

携帯から

*今日の疑問 {日本にはなんでこんなにたくさん自動販売機があるんだろう?}

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ペンギン歩き

歩くと足が痛い。

座っていて立ち上がるとき、ベッドから降りるとき、階段上り下りするとき、骨に響く感じだ。 最近では膝や太ももあたりまで痛くなる日がある。
梅雨時から始まったので湿気のせいかなと思っていた。 5K太ったのでそのせいかなとも思っていた。 夏の始めに胃が悪くなり体重が落ちたら痛くなかった気がするので、太った重みに足が耐えられなかったからだろうと思っていた。 昔から体調が悪いと太る、というか病気する前は必ず太っていた。
今のはストレス太りというのかな? ストレスの原因のひとつである朝のラッシュは私でなくてもそう感じている人が多く、ストレスのベスト5に入るようだ。

2年前の交通事故の後遺症かも? 事故に遭ったことは忘れていたが。 台風のせいかも? 温度や気圧の変化にも弱いのだ。
冷房のせいではないかと言われた。 バイト先で1日あたっているから冷えがたまって、一夏分かも。 そういえば、毎年夏でもストッキングにブーツという私が今年はほとんど素足にサンダルだった。 太ったせいでか前より汗をかくからだ。
年のせいだと言う人もある。 わかってますよー。
ああぁ 踊りが大好きなのにこれじゃ踊れない。跳び上がって着地できない。 好きななわ跳びもできないじゃん。 無理なウォーキングもやめたほうがよさそう。
水泳がいいかな? 怪我した馬とか水の中を歩かせるみたいだ。 水の中ならばスィーっといくかしらん。

そう、今の私は皇帝ペンギンみたいなかっこうで歩いているかも。

                                                                                          

携帯から

*どうやら冷房みたい。 すぐに年のせいにしたら身体に申し訳ない。 はい、鍛え直します。 最近歩きが足りないです。(以前はオモチャ会社の倉庫のバイトで1日平均1万歩かけずり回っていたのだ)

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09/07/2005

17歳の風景

17歳の少年が母親を殺し自転車で岡山から逃走、16日後に秋田で逮捕されたという実際にあった事件が元になったドキュメンタリー風ロードムービーを観た。

まず観る誰もが考えるのは自分の17歳なのではないか? 死に場所を探していたのかと考えたりしたが、なんでそんなことしたんだろうかとはあまり考えなかった。 本人以外誰にもわかるわけはないのだ。 事情はわからないが、母からの解放感があったのか? ただ殺したという現実から逃れたのか? 何も考えていなかった、何も考えたくなかった、頭を空白にし続けた、走って走って忘れ去りたかった。 何も考えない状態のまま走り続けていたのではないだろうかと思った。 16日間で岡山から秋田まで1600キロを走るのは相当なエネルギーなのだそうだ。

少年の空白な心にはすべての人の心をあてはめることができる。 若松監督はそこに自分の心の一部を投影させたのではないか? ドラマとすれば考えられないような老人(評論家の針生一郎)の長い独白があり戦争体験や天皇制にも触れる。 16歳で日本に来たという老婆が祖国を想いアリランを歌う。

私にとっては少年との日本海の旅であった。 もし私が彼の友だちだったらずっと寄り添うだけで彼が話始めるまで何も聞かないだろう。 ずっとずっと続く海岸線、なんの台詞もなく荒い波の音の中をただただひた走る。 ドーンと疲労感のようなリラックスが訪れる。 見覚えのある海岸線を通っていた。 新潟の大好きな「笹川流れ」だ。 暗い厳しい荒海だ。 あの海を見て少年は何を感じただろうか? 取り返しのつかない後戻りできない旅なのだ。

                                  

携帯から

*『永遠のハバナ』のラストシーンのキューバの海の音も忘れられないが、この映画の日本海もドーンと通奏低音のように私の心の底に響いている。

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09/03/2005

素数ゼミと映画 「愛のキンゼイ・レポート」

『素数ゼミの謎』という本を最近何日かで読み終えた。

いやぁ、面白かった!
サンデー毎日の中野翠の連載コラムで本の名が目に入っていたが、そのページを電車で読もうと破ってリュックに入れていたのになくしてしまい内容がわからないまま数学をわかり易く説明した本かな思っていた。(昔から素数という言葉が何故か気になるのだ) 

本屋で見つけて開いてみると数学のゼミではなくて昆虫のセミの話だった。  アメリカ本土だけに13年毎または17年毎に現れる蝉で「素数ゼミ」と呼ばれている種のことだった。  名付けたのは日本人生物学者吉村仁博士。 日本やアメリカ以外に生息する蝉の幼虫は、地中で木の養分を吸いながら育ち、6~7年で温度によって這い出し羽化し、2週間の間に相手を見つけ交尾し木々に卵を生み付け死んでしまう。
 

《最近観た映画『皇帝ペンギン』も過酷だったが蝉もまた過酷な人生だ、と人間の私は思うのだった》

素数ゼミはその倍以上地中にいるなんて信じられない!  「なんで?」と誰だって思うだろう。  氷河期と進化によって温度で決まっていた羽化時期が13年と17年という時間周期に変わり、オスとメスが出会いやすいように同じ地域にドッと発生するようになったのだそうだ。  絶滅しなかった種が素数の年周期だったので「素数ゼミ」。  オスがいくら鳴いて呼んでもメスとうまく出会えないと交尾できずに死んでしまい、出会えても違う周期のセミと交雑を繰り返すと絶滅することになる。

うぅむ、突然だが人間は大丈夫なんだろうか?

皇帝ペンギンで動物界はシンプルだなぁと思ったばかりだったので、素数ゼミでまた人間はどうなのか考えていたところへこないだ映画『愛についてのキンゼイ・レポート』を観た。  

SEX意識・生態についてのレポートだというのは有名で知っていたが、なんとキンゼイ博士は元々は昆虫博士だったのだ。  特にクマバチの研究で有名なのだそう。 キンゼイ・レポートを発表する前にはクマバチの標本を何十万匹(百万単位だったかも)も集めている。 
厳格な父親との確執も描かれているが、キンゼイ博士の研究に対する純粋でくそ真面目さが引き起こすアンビリーウ"ァブルな出来事、周囲を傷つけたりもするが憎めない人柄も描かれている。 クマバチは一匹一匹みんな違う、どれひとつ同じでないということに気づき、自分や世の中の性的悩みから人間の標本(?)作り、アメリカ全土で老若男女にインタビューを始める。  

当時そのレポートの内容は原爆クラスの衝撃と言われたらしい。  ゲイの調査も行い、性の悩みを抱えた人達が自分だけではないのだと救われる反面、キリスト教団体や保守的な方面から叩かれたりもする。 しかし博士の人間にとって大事なことだという信念は揺るがない。  博士は異常なことなどないと自らバイセクシャルにも挑戦(?)するのだけれど、誰もが理解できることではなく研究の援助金は打ち切られる事態をも招く。

人間にとって性は繁殖・子孫繁栄だけではない。  快楽は何のためにあるんだろうか? 繁殖させるために与えられているんだろうか?  素数ゼミの進化を思うと、人間はこれからどうなっていくんだろうかと考えずにはいられない。 千年後、一万年後…。男性が女性化して性がなくなることだって考えられる。 日本人という人種が絶滅に瀕しているかもしれない。 「なんで?」という不思議なことが起っているのだから。

ひとつ言えることは、素数ゼミも皇帝ペンギンも人間も大事なのはこの世でふさわしい相手に出会えることのようだ。 

                                       

携帯から

* 複雑なのは「愛」というものがあるからだなぁ。

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09/01/2005

KATOのヒラメキ

ギタリストで音楽的相棒の加藤崇之が音楽や踊りと重力・半重力についておもしろいことを彼のHPに書いていた。(LinksからWEBへ飛べます、コラムを読んでみて下さい)。 昔から似たようなことを私も考えていたのでやっぱ相棒だなぁと思った。 リズム的にはもっと分析的だけど・・・私は分析ってのができないのだ。

私は踊ることが大好きで昔はよくひとりでディスコへ、3、4年前まではたまにClubへも踊りに行っていた。  KATOの言う浮遊感が好きなのだ。 特にひとりでインナーに踊るのが好み。 Sexyな踊りの場合は、字のとおりその気になってもいい相手とでないとなかなか踊れるものではない。 ある意味ではSexと同じなのだ。 

ハウス(ガラージが好きだった)が流行っている頃に「GOLD」というClubですごい体験をした。  そのころ神様(?)みたいなラリー・レヴァンというDJが来日して回す音で踊ったことがある。  

身体が浮いたのだ。 浮く感覚、浮遊感だ。 DJの選曲とそのremixによって飛ばされる。  パーカッシブな音で人を跳びあがらせる、高く跳ねさせ宙に浮いている時間が多くなる、その後でスローでダウンさせる。 その速度の違いや時間で奈落の底へ突き落とすような深さができる。  そして意識の底へ導く感じ。  気持ちのよい孤独だ。

ドラッグなんかいるものか!  あの夜の感覚を忘れられない。  音楽を演奏するときに求めている静けさも感じられた。  残念ながらラリー・レヴァンはその後すぐに急死したとのニュースを聞かされた。

動物達にとって踊りは繁殖のための求愛の儀式だ。  人間にとっても大昔はそうだったんじゃないだろうか? あの気持ちのよい孤独は死に通じているのではないかと思ったりした。          

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